江戸明治期の歴史資料
田山花袋 書 昭和4年 中秋 「大魚ケキ躍」(たいぎょけきやく)ケキ(けき) とは肉がちぎれるほど激しく躍動する様を表した言葉で、麦という字に似ているが難しい、下の部分が石である。中国「荘子」の「養生主」篇の中の言葉である。 録とは花袋の号。
田山花袋 書 昭和4年 中秋 「羽二重団子」(はぶたえだんご)病の床に臥せられたとの報を受け、当店4代目庄五郎が代々木のご自宅にお見舞いに伺ったところ、大変喜ばれて、上記と2枚を揮毫してくださった。昭和5年に花袋先生は亡くなられた。
上記 短冊の裏面。鼠骨記とある。鼠骨さんは、明治7年松山生まれ、子規を慕い新聞「日本」に入社した俳人。子規全集の編集に参画した。第二次大戦で消失した子規庵を再建したが、現在は財団法人「子規庵保存会」に管理されている。

















